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「求めない」に導かれて
たったひとつの命が
こんなにも私を愛している
加島祥造×柳原和子

詩集『求めない』が話題の加島祥造さん(詩人・水墨画家)と、今年3月2日、10年に及ぶ闘病生活の末、卵管がんのため亡くなられた柳原和子さん(ノンフィクション作家)による、「いのち」の対談です。残念ながら、柳原さんはこれが最後のお仕事となりましたが、憧れの加島さんとの対話に渾身の力を込め、加島さんもおおらかな心でその想いを受け止めてくださり、読み応えのある感動の対談となっております。ぜひご一読ください。

柳原 今日はお目にかかれてとっても嬉しいです。本当は、先生がお住まいの伊那谷へ伺いたかったのですが……。ない知恵を絞っても、凡庸な質問しかできないなあと思うから、へたな一夜漬けは全部やめて来ました。
加島 そうそう。僕もね、何をいおうかなんてことをいっさい考えずに来たんです。あなたがいったことに対してお答えするか、あるいは自分の感想を述べるという、そういうふうにしようと思うの。
柳原 じゃあ、お互い、黙っちゃうかもしれませんね。
加島 そのときは黙っちゃおうよ。そうするとね、ほんとにいいたいことが出てくるかも(笑)。心に浮かんでこないことを無理にいうのはやめちゃえばいいのよ。
柳原 そうですね。でも、先生の域に達するまではあと30年、必要みたいです。私は、言葉に支配されて何十年、という感じですから……。
加島 あなたの本は、『「在外」日本人』と、『百万回の永訣』を読みました。
柳原 えっ、2冊とも分厚いですから、体力がいったと思います。
加島 義理の娘の麻里が、あなたとの対談があると聞いてね、町の図書館から借りてくれたもんだから、ぼつぼつと読んでいたら、両方ともたいへん熱中した気持ちが伝わっておもしろかった。『「在外」日本人』は外国に住む200人以上の日本人を訪ね歩いてるんだから。まあ普通の人間の3倍か4倍ぐらいのエネルギーを出していたんじゃないかという感じがしたね。
柳原 放出していました(笑)。書くべきことを、求めて、求めて、必死になってはいずって。それに、きわめて売れない作家だったので、本を出す間隔が5年、7年と空いちゃうんですよ。その間の苦闘もあるので、ますます求めるという方向にエネルギーを出す。自分の肉体の声を無視して、走り続けたという感じでした。
加島 それは、がんという病気が体に起こってから気がついたことでしょ?
柳原 はい。先生はナチュラルに伊那谷での生活に辿り着かれたけれども、私の場合、病で閉ざされ、あえぐようにして命の力を探し求めたところで、雑木林や自然の持つ力に気づいたんです。今度は私のほうから、先生の作品の感想をいっていいですか。
加島 うん。
柳原 4年前にがんが再発して「余命はあと半年」といわれたとき、自分に響いてきた言葉が、加島先生が『タオ ヒア・ナウ』(1993年)で書いておられた老子の言葉と、アウシュビッツを体験したユダヤ人たちの言葉、この2つだけだったんです。両方とも、人間というのは何なのかを考え抜き、真実の愛がほしいとか、社会に対してこうありたいとか、大きな何かを求めて、求めて、求めたあげくに逆転し、浄化されてきた言葉だと思うんですね。それらが、本当に私には力になったということを、今日、絶対に伝えようと思って来たんです。
加島 嬉しいです。言葉というよりも、心の働きが伝わったんだと思うのね。それも、僕の心ではなくて、老子の心がね。あの『タオ ヒア・ナウ』は僕が最初に老子を訳した本でね。夢中だった。ひたすら老子の声と心を今の言葉にしようとしてたんです。その声や心があなたに伝わったんだね。老子の心の、深い生命観とか人間愛とかがね。老子はとても優しい人だった――しかしあの仕事をした時は、老子の「優しさ」さえ、はっきり掴んでいなかった。夢中でしたことっていうのは、思いのほか深いところにつながっていくんだね。

(『婦人公論』2008年3月22日号より一部抜粋)

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掲載号

婦人公論 2008年3月22日号(3月7日発売)
定価550円(本体価格524円)
表紙: 市川海老蔵

2008年3月22日号(3月7日発売)

それでも男は
必要ですか?

柳美里
市川海老蔵×篠山紀信
島祥造×柳原和子
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