注目記事

山口小夜子さん追悼インタビュー
一度だけ見た素顔は本当にキュートでした
――高橋靖子

突然の訃報に驚いた人は多いだろう。日本人モデルとしてパリ・コレクションなどで活躍した山口小夜子さんが、8月14日、急性肺炎で亡くなった。57歳だった。世界へと羽ばたく前から山口さんを知るスタイリスト・高橋靖子さんが、若き日の山口さんと、彼女のいた風景に思いを馳せる

 山口小夜子さんとのおつきあいは、かれこれ40年近くになりますが、私は小夜子さん自身のことをほとんど知らないと言ったほうがいいかもしれません。多くの人が思っている通り、小夜子さんはとても神秘的。もしかしたら、自分の素の部分を見せていた人がどこかにいたのかもしれませんが、私にとってはやっぱり、最後までミステリアスな人でした。
 小夜子さんの死は、息子からの電話で知りました。「お母さん、大変だよ。小夜子さんが亡くなったって、ニュースで言ってるよ」。そう言われても、にわかには信じられませんでした。
 その直後、小夜子さんと親交のあったミュージシャンの立花ハジメさんとお電話で話したら、週に1度、立花さんのサイトに小夜子さんが原稿を書いていらしたのに、原稿がこなかったのでどうしたのかなと思っていたところだった、と。急性肺炎というのは、怖いんですね。暑さのせいで、疲れていたのでしょうか。
 小夜子さんと初めて会ったのは、確か1970年。その頃、彼女はまだ、デザイナーが仮縫いをするときのフィッティング・モデルでした。当時日本ではハーフのモデルが全盛でしたから、小夜子さんには小さな仕事しか回ってこなかったんでしょうね。でも何か、人とは違ったものを持っている。仕事の場で会うたびに、私はそんなことを感じていました。
 印象的なのは、待ち時間にいつも静かに本を読んでいる姿。それがスタイルなのか、彼女自身の素なのかはわからなかったけれど、もしかしたらあの時期、静かなアピール力を蓄えていたのかもしれません。
 静かな人だけれど、一方で、とてもざっくばらんで、男性的な面もあるんです。声はやさしいのですが、横浜生まれのハマっ子なので、ちょっと乱暴な喋り方をしたり。その落差が、また魅力的でした。
 あの頃、彼女は自分が読んでいたボリス・ヴィアンの『日々の泡』や、ロバート・ネイサンの『ジェニーの肖像』を、私に貸してくれました。私はそれらの本を、夢中になって読みました。『ジェニーの肖像』なんて、何度読み直したことか。今でも、とても好きな小説です。
 71年に山本寛斎さんが初めてロンドンでショーを開催したときに、私はスタッフとして加わることになりました。寛斎さんは彼女をモデルとして連れていこうかどうか、かなり迷ったのではないでしょうか。
(後略)

(『婦人公論』2007年9月22日号より一部抜粋)

続きは本誌をご覧ください!

掲載号

婦人公論 2007年9月22日号(9月7日発売)
定価566円(本体価格524円)
表紙: 神田うの

ページの先頭へ